先祖調査3 ~金禄公債~

 さて、この戸籍の本籍地表示は「市来郷」と記載されているが、明治22年の町村制施行により、「市来郷」は「市来村」に改められている為、この戸籍は明治22年より前に作成されたものである。そして、戸籍というものは明治19年に登場している。即ち、これは、戸籍というものが初めて編纂されたときのものであろう(※1)。とうの昔に廃棄されていても不思議ではないものであるが、よくぞ保存されていたことか。この時代の戸籍であれば、恐らくこの辺に「士族」や「華族」等の身分表記があるはずなのだが。。。

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ここに身分表記があるはずだが。。。

。。。無い。実は、原本には身分表記されているのであるが、戸籍請求があった場合は塗潰して渡すことになっているらしい。身分差別などに配慮した処置なのであろう。まぁ、最初から分かっていたのであるが、もしかしたら塗潰し忘れてくれないかなぁ、と期待していたのである。かくして、入手した古い戸籍からは実に有意義な多数の情報を得ることが出来たのであるが、私の先祖が士族であったのか?という疑問は解決出来なかった。

 

 さて、話は飛ぶが、つい最近の話しになる。鹿児島県立図書館の蔵書リストをネットで調べていたところ、気になる資料が目に入った。そのタイトルは、「金禄公債證書渡牒」。金禄公債付与とは、明治新政府秩禄処分(士族への家禄支給を廃止する政策)の一環であり、簡単にいうと、3~6年分程度の給料を付与した上で、武士という公務員をリストラするというものである。但し付与は、米や現金ではなく、利子付きの債券であった。処分は2回施行され、明治6年は自主退職の募集、明治9年には強制リストラとなった。ちなみに士族王国の薩摩では、自主退職は殆どいなかったらしい。金禄公債付与とは、明治9年の強制リストラのことであり、「金禄公債證書渡牒」とは、その受取証文と予想される。そこで早速私は、鹿児島県立図書館に連絡し、金禄公債證書渡牒の市来郷に関するページに「森元」姓の記載があるか調査を依頼した。図書館というのは、単に本を借りるだけではなく、貴重な資料を多数所蔵しており、それに関する面倒な質問にも無料で神対応してくれるのである。そして、調査の回答は、、、「森元姓での証文が一件有り、コピー要りますか?」であった。これはキタか!?

 

 

※1)厳密には、この前にも、宗門人別帳を元に作成された明治5年式の壬申戸籍というものが存在する。壬申戸籍には、氏神や檀那寺など、先祖調査に役立つ情報が沢山記載されているのであるが、時代が時代だけに、差別的な内容も沢山記載されており、存在が抹殺され、各地方法務局に厳重に保管されている。そして、何人たりとも閲覧することが出来ないのである。どうにかして閲覧する方法を知っている方がいれば、是非とも教えて頂きたい。