私の先祖調査2 ~戸籍の取得~

ネットで”先祖調査”で検索すると、結構色々とヒットする。先祖調査の専門業者もいるらしい。価格設定は色々だが、概ね江戸末期まで遡り4~50万、江戸中期までで100~200万、戦国時代までで400万程度。高い。というわけで、勉強しながら自分で先祖調査を行うこととした。まずは簡単に出来て、なおかつ急ぐべきことは、遡れる限り古い戸籍を取ることである。急ぐ理由というのは、戸籍の保管期間は150年であり、明治維新から150年以上経過した現在、古い戸籍はこうしている間にも、どんどん廃棄されているからである。ちなみに保管期間が150年になったのは最近のことであり、少し前までは80年であった。つまり80年以上前の戸籍などは既に廃棄されているかもしれないのである。保管期間を過ぎても、保管してくれているかどうかは、自治体次第である。で、結論から言うと、父方ルーツの鹿児島では、長期間保管してくれているようで、父を遡り、もっと古い先祖の戸籍を取得することが出来た。一方、母方ルーツの奈良は、80年程度前の戸籍までであった。奈良は古いものはどんどん破棄するということか。直系であれば自由に請求できるので、興味ある人は急いでね!

 さて父方の方は、前述の通り最も古い戸籍まで取得が出来たのであるが、私はのけぞった。

 

1.旧字だらけで読めない。

2.森元は父方の姓であるが、祖父母まで遡ると、祖母方の姓であった。祖父は馬場姓で、祖母が森元姓。へぇー。

3.しかしながら、当初は祖父方の籍に入り馬場姓を名乗っていた。昭和28年に一度離婚して、その日に祖母方に入籍し直して、森元姓になった。

4.先にも記したように、親族達の波乱に満ちた人生の一部を垣間見ることが出来た。トラック諸島で亡くなった方、ポナペ島で亡くなった方、終戦間際に陸軍病院で亡くなった方、そして乳幼児死亡率の高さ。昔は何と生きることが難しい世の中であったのか。皆様、さぞや無念であったろう。

5.江戸時代生まれの先祖の名前が分かった。

 

旧字は勉強するしかない。拾→十、廿→二十、などなど。森元姓の謎は初耳である。父も昔は馬場姓だったのである。もしかしたら、私も“馬場真也”だったかもしれない。そんなの初めて聞いたよ。祖父母は、明らかに何かの意図を持って苗字を変更しているのである。そのとき、祖父母に何があった!?いつか解明したい。

 

さて、鹿児島森元家の最も古い戸籍によると、私の曽祖父は明治十一年生まれで、「森元英治」という名前であったらしい。高祖父は、天保六年生まれで、「森元造右衛門」、その父は生没年不詳であるが、「森元作左衛門」であった!私にも江戸時代の先祖がいたのだ!まぁ、誰にでも先祖はいるので、当然のことだけど、分家のそのまた分家のさらに末端の我々は、日常生活では本家や先祖なぞ知る由も無いし、知る必要性に駆られることもなかったのである。でも、こうして実際に公文書でその存在を知ることで、あたかも自分がその時代にいて、同じものを見ているような気になる。森元造右衛門様は、薩摩に来襲する英国船を見たのだろうか?大雪の中、熊本城に向けて出陣する薩軍の行進を見たのだろうか?城山に籠城する薩軍と包囲する官軍の最後の戦いを見たのだろうか?嗚呼、ご先祖様。私も今、頭の中で同じものを見ています!想像と妄想のカタルシス!私はこれがしたかったのである!!

 

ところで、森元家は士族だったらしい、という話を父からちょいと聞いたことがあるのだが、確たる証拠も無く、私は半信半疑である。この戸籍から真偽が判明するのだろうか?

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取得できた最も古い戸籍。ところで先祖の名前について、個人名を伏せるべきか?悩んだのであるが、「造右衛門」をAさん、などと表記してしまうと、江戸時代の臨場感も台無しになってしまうし、ここまで時が経つと、もはや歴史的な人物なので、弊害は無いであろうと判断し、実名で表記することとする。