先祖調査13 ~郷土愛の塊のような本を見つけた~

  戸籍で遡れる先祖は、明治19年に存命であった方までで、古くても江戸末期の文化・文政年間程度生まれの方ではなかろうか。だが、先祖調査の醍醐味は、色々な資料を元に戸籍を越えたその前を追及することである。その手法として、本家で檀那寺を教えて貰い過去帳を調べなさい、としばしば目にする。しかし、現段階では私は優先順位を下げている。なぜなら、鹿児島では過去帳の調査が有効ではない為である。薩摩や水戸では、明治初期の廃仏棄釈が激しく、殆どの寺がその時に一度廃寺になっており、従って昔の過去帳は残っていない可能性が極めて高いのである。仮に残っていても、最近は個人情報に抵触する為、過去帳を開示してくれないお寺も多い。そもそも、初めて訪問する本家で檀那寺を探り出す度胸は無かった。ということで、私は地元の郷土資料を漁ることとした。地元の郷土資料など、地元に行かねば見られないであろうと思うことなかれ。その名は国会書館。日本で刊行されるほぼ全ての書物や資料を蔵書しているのである(※)。我が鹿児島の聖地の書物を調べると町誌や郷土資料など相当数があった。その中で、とても気になる資料が検索された。それは「古文書と石塔をたずねて」といい、徳永律さんという地元の郷土研究家の書物である。我が聖地は市来という町のXという地区なのだが、この地区にある石塔や神社棟札を全て調べた上げた本なのである。なんとマニアックでニッチな本か!

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なんともマニアックだがその分、中身が濃い

 徳永先生の根性と、そんなローカルな本を蔵書している国会図書館に敬意を表したい。私はどきどきしながらページをめくったが、中身は想像を超える凄いものであった。神社の棟札や、道端の石塔などに記載・刻印されている文字・模様・人名などが全て書き写されているのである。棟札とは社や堂の改築・移設の際に由緒顛末や寄進者、氏子などを木札に記し、梁や柱に貼り付けたものである。

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棟札(イメージです) Wikipediaより引用

この地区の地元の稲荷神社という神社には、4枚の棟札が残っているらしいが、その中の1枚は、、、ん?f:id:bbbshinya:20200418203022j:plain

作左衛門様、天保九年の寄進

ああっ!この方は!戸籍に名前だけ登場した作左衛門様ではないか!f:id:bbbshinya:20200418203844j:plain

戸籍に名前だけ登場する作左衛門様

 天保九年に稲荷神社に寄進されたらしい。鳥目とは、銭貨のことであり、4000文=1両≒10万円である。即ち「鳥目百文宛」とは、「銭100文(=約2500円)づつ」ということである。上に書かれている人達は、「雄牛一匹」を寄進したということか。神社に牛を寄進するとはどういうことだろうか。食用ではないであろうから農耕用か。この時代では神主さん達も農耕をしたのだろうか。この地域では農耕用家畜は、殆ど馬だったようなので、牛はとても有難い寄進だったのかもしれない。しかし、寄進とは心である。作左衛門様も三石六斗(=約36万円相当)という微禄から百文も寄進されているのである。造右衛門様はこのとき三歳。江戸時代、人々の最大の願いは子孫繁栄である。作座衛門様も子孫繁栄を祈り大金を寄進されたのだろう。作左衛門様、あなたが寄進されてから200年近く経ちますが、今でもその偉業は子孫に語り継がれております!

 

※)それでもやはり一部は地元図書館にしかない書物もあり、そのようなものは図書館相互貸借システムなどで、取寄せることも可能である。但し、そのような書物は多くは貴重資料であり、禁帯出であることが多い。その場合はコピーを取寄せるしかないのである。